事業ポートフォリオ変革の実行力と未来への布石
— 社外取締役が語るブラザーグループの課題と展望
ブラザーグループは、グループビジョン「At your side 2030」と中期戦略「CS B2027」のもと、事業ポートフォリオの変革を加速し利益創出力を高めることを目指しています。その歩みを確かなものとし、未来への布石を打つには、取締役会による戦略的なモニタリングと社外取締役の視点が不可欠です。本座談会では、5名の社外取締役が、取締役会の実効性、経営陣のサクセッション(後継者計画)、成長事業への投資、株主価値の向上施策などについて意見を交わし、ブラザーグループの持続的成長に向けた課題と展望を語りました。
マテリアリティ「価値創造を支えるガバナンス」
Q:マテリアリティの一つとして「価値創造を支えるガバナンス」を掲げ、事業ポートフォリオの変革を見据えたガバナンス機能の高度化に取り組まれています。社外取締役として、経営陣への提言や戦略審議の質の向上に向けて、どのような関与や貢献をされていますか?
中期戦略「CS B2027」においては、事業の役割と重点指標を明確化し、各事業戦略を遂行しています。コア事業であるプリンティング・アンド・ソリューションズ(以下、P&S)事業は、一般消費者との接点が多く、ブラザーの企業姿勢を直接伝えることができる重要な領域です。例えば、梱包材を発泡スチロールからパルプモールドへ転換し、CO2排出量を約6割削減するなど、環境負荷低減に向けた取り組みを積極的に展開しています。こうした活動を通じて環境意識の高い消費者の共感を呼び起こすようなアピールをすることで、ファン層の拡大や潜在的な株主の広がりも期待できます。そのような活動を社外取締役も後押ししていきたいです。
成長事業の領域では、戦略的な投資やアライアンスの推進に加え、組織の機動力を高め、多様な人財を活用していくことが不可欠です。多様な価値観やグローバルな視点をより積極的に取り入れ、日本企業の枠にとらわれない、新しい組織文化を育てていく必要があります。特に人財の多様性を生かす仕組みづくりについて、今後も取締役会で深く議論していきたいと考えています。
私もP&S事業については市場規模の縮小が見込まれる中でも、シェアの拡大とコスト競争力の強化によって売上収益を維持できると見ています。産業用領域においては高い技術力を備えていながらも、まだ売上収益に十分反映できていないのが現状です。今後は用途開発をさらに進めて、ブラザーの優位性が発揮できる市場で大きく飛躍させていきたいです。
私は、製造業におけるガバナンスとは「良いものを正しくつくり、正しく売り、正しく保証する」ことだと考えています。「正しく」が欠ければ、品質問題や価格競争力の低下といったリスクにつながりかねません。斬新な発想と確かな技術力を両立させ、社会にとって価値ある製品を提供し続けることこそが、ブラザーのガバナンスの根幹ではないでしょうか。
ガバナンス体制についてお話ししますと、当社では、取締役会におけるガバナンスのあり方の検討を行っています。「マネジメント型」「モニタリング型」というガバナンスのスタイルのメリット・デメリットを議論する中で、戦略遂行に対する監督のあり方も含め、取締役会の役割について改めて討議しています。現在は「攻めのガバナンス」の実現に向けて、解決すべき課題を抽出し、その方向性を具体化する議論を進めています。今後は、企業価値の持続的な向上を支えるために、取締役会のあるべき姿をこれまで以上にしっかりと確立していきたいと考えています。
経営陣の指名・評価と次世代リーダー育成
Q:経営トップの選任および経営陣の評価は、企業価値の中長期的な向上に直結する重要なガバナンス機能です。社長の池田さんの選任プロセスにおいて、指名委員会の議論ではどのような基準や視点が重視されたのでしょうか?
今回の社長交代にあたっては、一昨年の初めから次期社長の選定プロセスを開始しました。社外取締役全員が候補者一人ひとりと面談し、経営方針や会社運営に対する考えを直接確認しながら慎重に見極めを行いました。その中で、リーダーとしての資質、特に積極性や新しいことへの挑戦意欲を重視しました。最終的に、前向きな姿勢と明るさ、そして組織を率いる能力が高く評価され、池田さんを社長として取締役会に推薦しました。
おっしゃる通り、候補者選定にあたっては、十分な情報を基に評価しました。当社の指名委員会は取締役会の諮問機関という位置付けですが、取締役会がその意見を真摯に受け止め、意思決定に反映しようとする姿勢を強く感じました。
サクセッションプランは一般的には2~3年で準備をするケースが多いですが、本来は新社長就任の翌年から次期候補者の選定を始めることが望ましいと考えています。その過程では、候補者に重要なポジションを経験させるなど、計画的な育成プロセスも必要と考えます。
そのような計画的な育成プロセスを考えたとき、当社のサクセッションにおける課題の一つは年齢構成です。社長の池田さんをはじめ、執行役員の半数が60代で占められていますので、今後のサクセッションが円滑に行われることが重要です。
将来を担う若手の有望人財には、早い段階から子会社の社長など経営に直結するポジションを任せるといった、戦略的なアサインメントが不可欠です。現時点ではサクセッションプランの考え方がまだ十分に根付いているとは言えず、社外取締役が主体的に関与し、改革を後押ししていく必要があります。
その通りだと思います。特に、候補者の年齢層に谷間があることが深刻だと感じています。経営陣のサクセッション候補には早い段階から多様で厳しいアサインメントを与え、将来の社長候補としての実力を徹底的に鍛えていく必要があります。
確かに、若手経営人財の育成には、計画的な育成プランと明確なキャリアパスの構築が不可欠ですね。将来の経営を担う人財には、多様な経験を積ませる必要がありますが、現状では上司が部下を「自分のもの」として抱え込み、広い視野を育む機会が不足しがちです。
さらに、ブラザーの技術系人財に経営への関心を促すことが重要です。たとえ技術系であっても、人事や財務などの経営管理部門を経験させるべきです。全体の約8割を占める理系人財を技術分野だけにとどまらせていては、経営層候補として育てることが難しくなります。この構造を見直し、将来の経営層人財の層を厚くしていくことは、会社が取り組むべき重要なテーマの一つです。
社外取締役・社外監査役のサクセッション
Q:社外役員のサクセッションについて、現在どのように検討・整備されていますか?多様性や必要とされる専門性の観点から、社外人財のプール形成・選定・任命における課題認識と、今後の改善の方向性についてお考えをお聞かせください。
指名委員会でもさまざまな議論を行っていますが、現状では候補者選定において受け身になっていることは否めません。社外役員の機能を維持・向上させるためには、新陳代謝と計画的な人選が不可欠です。取締役会を一つのチームと捉え、必要なスキルセットを検証した上で、将来の目指す姿に沿ってスキルマトリックスを見直していく必要があります。われわれ社外取締役自身も、より主体的に選任プロセスへ関与していくべきだと考えています。
同感です。社外取締役には、コンプライアンスの観点からのチェック機能はもちろん必要ですが、それ以上に変革を推進する「アクセル」としての役割が求められます。
ダイバーシティにおいても、性別や国籍といった属性だけでなく、ものの見方や考え方の多様性を重視すべきです。将来のブラザーの姿を見据え、そこから逆算して必要な人財像を描くことが重要であり、「今の役員の後任は誰か」という発想では、どうしても過去の延長線上での選任にとどまってしまいます。例えば、若手のベンチャー経営者を登用する、あるいは社外取締役のグローバル化を本気で進めるのであれば外国人を迎え入れ、英語で取締役会を行うといったような思い切った取り組みも検討すべきだと思います。
社外役員の選任については、これまで以上に関与・提言していくつもりです。本年度の指名委員会では、取締役会のあるべき姿を踏まえた上で、どのような社外役員の指名・選任プロセスが最適なのか、また各委員の役割をどう設定すべきかなど、議論を深めていきたいと考えています。
中期戦略と事業ポートフォリオ変革の進捗
Q:中期戦略「CS B2027」では、前中期戦略「CS B2024(2022年度~2024年度)」から引き続き、産業用領域の飛躍とプリンティング領域の変容に取り組み続けています。事業ポートフォリオの変革に対し、取締役会としてどのようにモニタリングし、実効性を確保しているのでしょうか?
産業用領域の売上比率を大幅に高めていくという方針は明確ですが、現時点ではまだ活動が十分ではないと感じています。P&S事業が堅調で収益を上げている状況では、変革への危機感がどうしても薄れがちです。重要なのは戦略の良しあしではなく、それを実現するための実行力です。
また、オーガニックな成長だけでは限界があるため、外部から優れた人財を事業のトップに招聘し、成長や変革の一翼を担ってもらうこと、さらにはM&Aを積極的に活用することも不可欠です。人事制度についても見直しが必要です。「何もしない人」よりも「挑戦して失敗した人」を積極的に評価する方向へとシフトしなければ、戦略が絵に描いた餅に終わってしまうのではと懸念しています。
M&Aの積極的な活用に関連して、私が事業ポートフォリオ変革において注視しているのは、「お金の使い方が大胆になったかどうか」です。M&Aに偏るのではなく、研究開発費の大幅な増額など、成長に向けた投資配分をもっと積極的に拡大すべきだと考えています。また、成長領域への人財の再配置についても、その実行状況について注意深く見守っています。
P&S事業には引き続き安定的に収益を生み出してもらう必要があり、その役割を担う人たちが「自分たちは会社にとって大切な存在なのだ」と実感できるような、経営陣からの明確なメッセージの発信や丁寧な社内コミュニケーションが極めて重要です。そうした心理的な支えとチームワークこそが、全社的な変革を力強く推進する土台になると考えています。
市場評価の改善と株主価値向上へのアプローチ
Q:株式市場の評価として、PBR・PERが東証プライム市場の平均を下回っています。こうした市場の評価について、取締役会ではどのように認識され、議論されていますか?
株価が伸び悩む要因は主に2つあると考えます。第一に、当社は組織としての安定性が高く、慎重で着実な実行を重視するあまり、株主資本が積み上がり、結果として資本効率が低下していること。第二に、将来の成長力への確信が市場に十分伝わっていないことです。成長戦略として掲げる産業用領域へのシフトについての具体像や期待感を明確に市場に伝える必要があると思います。
工作機械には優れた製品が揃っており、これらをどう成長させていくかが鍵です。オーガニックな成長には一定の限界があるため、マーケティング力や技術力、ソリューション提供力を補完する手段としてM&Aを活用することも重要な選択肢です。ビジョン達成に向けて特定したマテリアリティの一つとしてCO2排出削減に取り組まれていますが、進捗と課題を教えてください。
確かに利益を創出することは企業の基本ですが、同時に市場から「夢と期待を持てる企業」と見られることも重要です。そのためには、資本市場との対話を強化し、IR活動を通じて成長戦略や将来像を積極的に発信していく必要があります。
新規事業についても、十億円規模では市場の評価を得ることはできないと思います。少なくとも百億円規模、将来的にはさらに大規模なビジネスを構想し、知財戦略を含めた探索を続けるべきです。特に技術系人財の発想力と実行力を、新たな事業創出に生かすことを期待しています。
市場からの評価を持続的に高めるには、自社株買いなどの手段も考えられますが、さらに重要なのは、事業変革による高収益構造への転換です。
加えて、サステナブルな経営を強化し、ブランド価値を高めることが株主価値向上の基盤となります。ブラザーブランドのファン層を広げ、「株式を長期保有して応援したい」という投資家を増やすことも重要です。そのため、例えば社名変更といったような思い切った手段も含め、あらゆる選択肢を検討すべきだと考えています。
投資家の成長期待に応えるには、「モノ売り」だけでなく「コト売り」における競争力の強化が不可欠です。例えばP&S事業では、従来の売り切り型のビジネスモデルから、MPS*1やサブスクリプションサービス*2などのお客様と「つながる」ビジネスモデルへの転換をさらに加速する必要があります。
しかし、現状では「コト売り」に対する実行力が十分でないと市場から見られており、その結果、短期的な業績動向で評価されやすく、PERも低位にとどまっています。10年先を見据えたブラザー独自のビジネスモデルを資本市場に示すことが重要です。
私も「モノ売り」と「コト売り」の両者を組み合わせてこそ製造業は持続的に成長できると考えます。社会から信頼され、顧客から愛される企業となり、その結果として利益と株価が伴ってくることが理想です。為替や関税政策など外部環境の影響で業績が変動することは避けられませんが、それらに一喜一憂せず、愚直にグループビジョン「At your side 2030」で掲げた「あり続けたい姿」を追求することが長期的な株主価値の向上につながると考えます。
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