社外取締役の専門性とブラザーの企業価値向上のために果たす役割
私は、これまで経験してきた中でも国内外のさまざまな地域でビジネスを行ってきたこと、BtoB分野で多くの経験を有していること、また、非中核事業を成長させ事業基盤を確立した実績に加え、企業のトップとしての数多くの経験と知見を有していることがブラザーの企業価値向上に役立つのではないかと考えています。
私は16年間にわたり政治の世界を経験してきました。政治的決断は多数決で決まりますが、議論の過程では多様な意見、特に「声なき声」に耳を傾けることが重要です。企業経営においても特定のステークホルダーだけでなく地域社会や自然環境に対しても説明責任を果たすことが重要だと考えます。
事業会社勤務から経営コンサルタントとなり、経営を担った後に大学のビジネススクールで教鞭をとりました。取締役会のモニタリングの機能としてブレーキとアクセルの二つの側面がありますが、どちらかというと私はアクセルの役割をしっかり果たしたいと考えています。
総合商社の鉄鋼部門を中心に計14年間、海外で勤務し、拠点の立ち上げや事業売却、M&Aなどの経験があります。国内外で築いた広範なネットワークやガバナンス改革が進展する中で執行サイドのボードメンバーを務めた経験が社外取締役の任務を果たす上で役に立っています。
自動車部品メーカーで燃料噴射装置の開発を手がけ、世界標準に引き上げたという自負があります。一方で、生産や販売の過程では失敗や苦労も数多く、製品をつくり上げてお客様に満足していただき利益を生むまでの難しさを味わってきました。そうしたエンジニアとしての経験と知見でブラザーのモノづくりに貢献したいと考えています。
取締役会の実効性向上に向けた取り組みと今後の改善点
Q1. 取締役会への上程議案の妥当性、事前情報提供支援に課題がありますか?
上程される議案はおおむね適正だと判断していますが、長期的な企業価値向上に向けた議論にもっと時間を割くことも必要だと思っています。また、発表者は丁寧に詳しく報告しようとするので、取締役も担当者レベルの細部にわたる議論に陥りがちです。何を伝えるか、どのような助言が欲しいかを意識した資料と発表について工夫の余地があると思います。一方、社外取締役が経営会議を傍聴できるようになるなど、情報提供はより適切になってきていると思います。
どの会社でも社内取締役と社外取締役の間で情報の非対称性が存在します。社外取締役が情報を持ち過ぎると意見が同質化するし、逆に少なすぎると議論がかみ合わないので、微妙なさじ加減が必要です。ブラザーはこの点においてとてもバランスが取れています。事務局経由ではなく事前に担当役員や部門長から直接話を聞くことができるので、疑問点を整理した上で取締役会に臨むことができています。一方で、取締役会で同じ話が繰り返されることもあるので、さらに改善に向けた努力が必要です。
一般論として、取締役会の議論のあり方は過去5年で大きく変わりました。かつては大型案件の決裁承認を取締役会に諮ることが大きな目的だったので、細かなリスク分析などに大半の時間を割いていました。いまは決裁権限を執行役員に委譲し、中長期的に何をどうするのか、ヒト・モノ・カネの配分など本質的な議論が必要で、社内外を問わず取締役にはそうした素養が求められます。昨年度は中期戦略の議論にたたき台の段階から加わり、つくり上げる過程で執行側と本質的な議論ができたと思っています。
Q2. 取締役会での議論に対する評価と課題について教えてください。
取締役会で重要な案件を議論するときに、議長はじめ社内取締役の方々は社外取締役の発言を真摯かつ丁寧に耳を傾けています。一方で、社外取締役のさまざまな投げかけを受け止めてもらっているものの、社内取締役から社外取締役へボールが返ってこない、つまりキャッチボールが十分にできていないもどかしさも感じています。意見のキャッチボールをしながら、結論に収れんさせていくまでには至っていないというのが率直な感想です。
私も取締役会でもっとインタラクティブな議論ができると良いと思っています。社外取締役の発言も焦点がずれていることもあると思うので、そこはぜひ指摘してほしいです。もっとフランクな議論を増やせるとよいですね。
重要な意思決定についての意思疎通は十分にできており、取締役会は円滑に運営されていると認識しています。ただ、将来を見据えての長期の事業戦略については、他の議題を減らしてでも議論の時間を増やし、議論を深めることが必要だと考えます。
Q3. 任意の指名委員会・報酬委員会の機能について、それぞれの委員長から取締役会の実効性向上の観点での評価と改善点をお聞かせください。
ブラザーの社外取締役に就任した5年前はトップの後継者育成について論議することは少なかったと思いますが、最近の2年間は最重要テーマとして経営陣の後継者の育成計画に焦点を当てています。どういう人材が次の社長に適任か、候補者にふさわしい人は誰かなど具体的に議論しています。企業は永続的な存在なので長期的な視点で次々世代まで含めた後継者育成計画が必要であり、その点にも目を向けています。また、外国人や女性の登用や取締役の社内・社外の構成にも強い課題意識を持っています。
昨年度は報酬制度の改定を議論したので報酬委員会は8回開催されました。理念から金額テーブルまでとても熱心に議論を行っていますが、少し細かすぎるという印象です。個人的な意見ですが、ブラザーでも今優先度が高いのは会長も含めて次期経営陣をどうするか、次期取締役や執行役員をどう育成するかだと思います。実際にそこは指名委員会で時間を割いて議論しています。さらに重要なことはブラザーの成長戦略であり、この議論にもっと社外取締役のリソースを使ってほしいですね。
Q4. 今回の役員報酬制度改定の理由と効果をどう考えますか?
短期業績と中期目標に対する報酬の妥当性を明確に示し、株主価値向上との連動性を高めることが今回の改定の目的です。例えば、中期目標の1つであるCO2排出削減は、達成をてこにして、新規事業の創出やビジネスモデルの変革につながるため賛同しました。
従来のターゲット型*1からプロフィットシェア型*2にしたので一定の成果があったと評価しています。一方で、透明性や公平性にこだわったため分かりにくくなった面もあるように感じます。単年度のインセンティブが強すぎると短期志向に陥りがちで、変革が先送りされることもあるので、中・長期のインセンティブを高めて将来への成長投資が促進されるように引き続き議論していきたいです。
- 純利益など利益の一定割合を分配する仕組み
- 会社業績目標と連動させ、その達成度合いに応じて報酬額を決定する仕組み
1年前に社外取締役に就任と同時に報酬委員会の議論に加わり、とても詳細に議論をしていることに驚きました。1年や3年の業績連動指標を明確にすることは賛成ですが、数値目標にこだわり過ぎると、今後5年間は日の目を見ないけど将来を考えると絶対必要なことを誰もやらなくなると心配します。実績数値で説明すべき部分と将来への布石を定性的に評価する両方の視点が欠かせないと思っています。
経営戦略に対する取締役会での議論と長期ビジョン実現に向けた課題
Q1. 中期戦略「CS B2024」について取締役会でどのような議論をされましたか?
「CS B2024」については、執行側の原案を初期の段階から取締役会に上げてもらい定量目標の設定も含めて議論を重ねました。論点の1つだったのは業績目標でした。インフレの高進や地政学リスクの高まりによるコストアップなどの見極めが難しく、初期段階では執行側が中期計画の最終年度の目標設定に苦労していました。しかし、目標値として低すぎないか、予想と目標は違うと思うと申し上げ、議論を重ねた上で目標を設定しました。インセンティブ報酬の考え方にも通じますが、中期計画目標は必達ありきではなく、高めの目標が達成できなくても次の成長につながっていれば一定の評価が与えられるべきだと考えます。無理な目標を示すことは支持しませんが、成長のためには、合理的なストレッチ目標が必要なこともあるので、今後も議論を重ねたいと考えています。
1年近くかけて社外取締役が策定に参加できたので議論のプロセスとしてはとても良かったと思っています。議論の過程で私が繰り返し提起したのは、今の事業分野が屋台骨になっている間に新しい事業を産み育てるという点でした。今でもしっかりと人材を充てて新たな事業分野開拓を進めていますが、ブラザーに過去から脈々と流れている新しいものにチャレンジするというマインドをさらに高め、スピード感を持って成果に結びつける努力をすることが重要であり、事あるごとにわれわれの持っている経験・知見を基にした助言を発信し続けたいと思っています。
中期戦略については十分時間をかけて議論しましたが、原案作成前にインプット要件を一度整理した上で、アウトプットに対して評価をするという二段階での社外取締役の関与があると良いのではないかと思います。重要なことは中期戦略よりビジョン実現に向けてどうしていくかだと思っています。
Q2. 特定されたマテリアリティに対してどのようにモニタリングされていきますか?
マテリアリティの項目を特定するプロセスでは良い議論ができたのですが、モニタリングのための細かいKPIの設定については少し時間が足りなかったと感じています。マテリアリティを決めて終わりではなく、モニタリング指標の修正や進捗管理をどうするかも含めて引き続き議論を続ける必要があると思います。
マテリアリティを特定するということは、ブラザーが可視化の難しい非財務目標に挑戦するという宣言だと受け止めています。明確な数値目標の設定がなじまない項目もあるので、取り組みの進捗を第三者評価に委ねるなど説明責任を果たす努力が求められると思います。そのスタートラインに立ったところだと認識しています。
ブラザーが社会的・経済的価値を持続的に創出するためにマテリアリティの解決に取り組むことはとても重要です。同時に多くの従業員にその重要性をどう理解してもらうのか、腹落ちしてもらって組織風土にどう刷り込むのか、まずは広く社内で納得感を得る努力を欠かさず、その上で進捗をモニタリングすることが大事だと考えます。
Q3. 「At your side 2030」実現に向けて最も重要な課題は何であると認識されていますか?また、ビジョン実現のためにご自身はどのように貢献していきたいとお考えでしょうか?
ブラザーの基本精神である"At your side."を実践できるかどうかではないでしょうか。今後はBtoBビジネスにもさらに力を入れていくことにより、顧客の生産現場で何に困っておられるのかを深く理解して、その要求にしっかりと応えていかねばなりません。私の経験を生かし、産業用領域を中心とするBtoBビジネスへの展開、そしてさらにはグローバル化の深耕、新規事業の育成と事業基盤の強化に対して意義のある提言をしていきたいと考えています。
従業員一人ひとりが自分の未来としてビジョンを考えること、社内のコミュニケーションをよくしてお客様とつながることがビジョンの実現には欠かせないと思います。男女共同参画は日本社会の大きな課題であり、ブラザーにおいても例外ではありません。意思決定プロセスにより多くの女性が参加できるよう、DE&I(多様性・機会均等・包摂)の推進および女性をエンパワーメントし、活躍を支援することも私の責務だと考えています。
ビジョンを実現するために外部の力を借りる、大胆にM&Aを行うという選択肢もあります。産業用領域で売上を飛躍的に伸ばすならもっと積極的な方法も検討すべきだし、オーガニック主体の成長が本当にベストなのか、常に自問する必要があります。ブラザーはもっと投資を行って、新領域の開拓に注力すべきですが、慎重なところがあるので、投資や新領域の開拓が積極的にできるように、社外の立場から経営陣の背中を押していくつもりです。
ビジョンの柱は、産業用領域へのシフトとプリンティングの次を切り拓くということですが、産業用の拡大は戦略も明確なので実行次第だと考えています。BtoB業界での経験を生かし、ブラザーの成長を支える役割を積極的に担いたいと考えています。一方で、プリンティングの次の展開がまだイメージできていない印象です。デジタル化の進展でペーパーレスが進むことを前提に、ブラザーがこの分野でどういう役割を果たすのかをもっと具体的に示したいです。
あと8年で産業用領域を2倍にするという目標は、大きな環境変化がなければ達成できるだろうと見ていますが、最大の課題は想定外の地政学上のリスク対応だと考えます。今の市場想定が8年後も同じと考えるのではなく、可能性が低くとも起きれば大変なことになる事態も想定に入れておくべきでしょう。エンジニアとしての私の信条は「善なるモノをつくる」です。いかなる時代にあっても、世の中に不都合や悪をもたらす製品はつくらないことをブラザーでも判断基準にしたいと思っています。
Q4. ブラザーの企業価値を向上させていくために、今後取締役会で議論すべきテーマは何でしょうか?
深い議論が必要なテーマは成長戦略に尽きます。ブラザーが長期的に成長するためにどうすべきかを議論することが最も重要です。
将来の事業ポートフォリオをどうしていくかを議論することはとても重要です。一方で、表層的に新規事業やM&Aを検討しても議論が深まらないので、将来を担う技術陣は何をつくりたいのか、何がつくれるのかじっくり聞いてみたいです。また、もう一つ議論すべきテーマは従業員の働き方です。過去10年間、日本の製造業は世界初の製品を生み出せず、多くの産業でその競争優位は失われました。もっと挑戦したい、もっと働きたいと考えている従業員にどう報いるのか、横並びや一律ではない人材マネジメントは重要なテーマだと思います。
長いブラザーの歴史はブラザーの存在意義を探求しながら、モノ創りを続けてきた先人たちがつくり上げてきたものですが、これからのブラザーを担う世代にこのDNAをどう伝え、発展させていくのかもとても重要なテーマです。また、人生100年時代に向けて、ブラザーでの働き方、仕事への向き合い方、会社と個人のあり方についても議論していくべきテーマだと思います。多様な従業員のニーズをくみ取るためには、会社と個人の関係を見直すことも必要なので、この点も深く議論していきたいと思います。