“At your side.” Stories

サムネイル:刺しゅう専用機記事 取材対象者集合写真

2026.2.26

刺しゅうをもっと自由に、もっと身近に──新発想の刺しゅう専用機「SKiTCH PP1」誕生の軌跡

Pick Up !
  • ユーザーの潜在ニーズを掘り起こし、時間をかけて磨き上げていった
  • 「デザインの力」が、コンセプトの実現を後押し
  • ミシン・刺しゅう未経験者など、新たなユーザー層を開拓
目次
  1. 1.ミシンには新しい価値を提供できる余地がまだある
  2. 2.従来のミシンと“まったく違う”デザインが生まれるまで
  3. 3.新規ユーザーを狙いながら、既存のミシンユーザーにも広がった反響
  4. 4.一体感のあるプロジェクトチームと明確なコンセプト
  • 相羽 瑠璃子プロフィール写真
    相羽 瑠璃子
    パーソナル・アンド・ホーム事業 営業企画部
    商品企画や、販売会社によるミシン講習の支援業務を経て、SKiTCH PP1の立ち上げから担当。現在は家庭用ミシンの消耗品の企画を担当しながら、他部門と連携して複数の新規提案や企画検討も推進。洋裁講師の資格を生かし、ブラザーが提供するクラフトの価値をより楽しめる体験創出に取り組む。
  • アセルカル ヒマリプロフィール写真
    アセルカル ヒマリ
    パーソナル・アンド・ホーム事業 営業企画部
    既存ラインアップの新製品の立ち上げ業務を経て、相羽さんからバトンを引き継いでSKiTCH PP1の商品企画を担当。現在は、米州のマーケティング担当として、大手量販店やEコマース向けの製品・サービス販売の拡大に向けて活動中。
  • 石田 希美プロフィール写真
    石田 希美
    総合デザイン部
    プロダクトデザインの経験者採用でブラザーに入社。ラベルライターやドキュメントスキャナーのデザインを担当したのち、家庭用ミシンなどのクラフト製品の企画に関わる 。前職では商品企画から販促企画までの経験もあり、ブラザー入社後は製品外観に限らず顧客体験全体を考えることに興味を持ち、HCD(人間中心設計)専門家資格を取得。SKiTCH PP1ではUX企画とプロダクトデザインを担当。

これまで家庭用ミシンでは難しかったバッグやシャツの袖などにも手軽に刺しゅうを施せる、刺しゅう専用機「SKiTCH PP1」。発売と同時に話題を集め、一時は生産が追いつかないほど多くの注文が寄せられました。手頃な価格も後押しし、既存のミシンユーザーだけでなく、ミシンとの関わりがなかった新たなユーザー層の開拓も果たしています。
これまでにない新しい価値が生まれた背景には、ユーザーニーズをゼロベースから丁寧に探ったこと、そして「デザインの力」がありました。
長い歴史を持つ“ミシン”というジャンルで、なぜ今、新たな進化が生まれたのか。Stitch(ステッチ:縫う)とSketch(スケッチ:描く)を組み合わせて「SKiTCH(スキッチ)」と名付け、「絵を描くように、刺しゅうを楽しんでもらいたい」をコンセプトにした、まったく新しい“刺しゅう専用機”誕生の軌跡を、3人のメンバーに聞きました。

1.ミシンには新しい価値を提供できる余地がまだある

  • 相羽さん:
    開発のきっかけになったのが、数年前に立ち上がったワーキンググループ(機能横断の横串チーム)です。当初は明確な目標があったわけではなく、「ミシンに対する新たな提案を考えよう」というような、漠然としたテーマで始まりました。
    入社3年目だった私は商品企画の仕事をする中で、「ミシンは長い歴史を持つ一方で、新しい価値を提供できる余地がまだあるのではないか」と、漠然と感じていました。
    当時、市場調査の一環で、さまざまなイベントにミシンを出展していました。そこで普段からミシンを使う人とも、ミシンを使ったことがない人とも直接コミュニケーションを図り、ミシンに対するニーズの探求を続けていきました。その中で、「刺しゅうをやってみたい」と思っているお客様が多いこと、ミシンを得意としていない人にとっても刺しゅうは魅力的なアウトプットであるということがわかりました。ミシンの新しい価値提供において刺しゅうがポイントになりそうだという感覚が、メンバーの間に積み上がっていったのです。
相羽さんのインタビュー写真
  • 石田さん:
    ワーキンググループで具体的なアイデアを出すフェーズから、プロダクトデザインを担当する私も参加することになりました。刺しゅうをテーマにすると聞いたとき、たしかに可能性を感じました。イラストレーターをはじめとするクリエイターや、ハンドメイドのモノづくりが好きな人たちにとって、刺しゅうは身近で親しみのある存在です。刺しゅうを加えることで、モノの魅力がグッと高まりますし、オリジナルの図案を刺しゅうしてグッズとして販売することも可能です。
    刺しゅうの可能性を「価値」にするために、ユーザーがどのように商品を知り、実際に使い、楽しむかを理解することが大切でした。そこで、ユーザーの体験を整理するカスタマージャーニーマップの作成や、利用者の声や行動を深く知るための調査の企画・実施を行いました。
  • 相羽さん:
    こうした調査や、お客様と直接コミュニケーションをとる中で、課題も見えてきました。刺しゅう機能付きのミシンは高価格なうえ、家庭用のものの多くは、平らな布を広げて使うことを前提としています。そのため、バッグやシャツの袖といった立体的な既製品に、サッと簡単に刺しゅうを入れることが難しいという現状がありました。こうして、お客様がやりたいことと、従来の製品でできることの間にあるギャップが見えてきたのです。
    このギャップを解消できるような、まったく新しい製品をつくるプロジェクトが立ち上がりました。目指すは、「既製品のワンポイントアレンジで、自分らしさを表現する刺しゅう専用機」。バッグやシャツなど、手持ちのアイテムに手軽に刺しゅうを入れて自分らしくアレンジできるというのが、プロジェクトのコンセプトになりました。

2.従来のミシンと“まったく違う”デザインが生まれるまで

  • 相羽さん:
    企画が認められ、製品化に向けて進み始めたタイミングで、私が産休・育休に入ることになりました。同じく営業企画部で商品企画を担当するヒマリさんへバトンを託しました。彼女なら自分と同じ問題意識を持ち、企画をリードする役を担ってくれると思ったからです。
  • ヒマリさん:
    私は、相羽さんの思いを引き継ぎ、正式に製品プロジェクトを立ち上げるタイミングから加わりました。
    「手軽に刺しゅうができる」というコンセプトの具現化にあたって大きなポイントになったのが、ミシンの基本である縫製、つまり縫う機能を外して、刺しゅうに特化したことです。
    縫製機能を残すと、ミシンの使い方や構造が縫うことを前提としたものになり、既製品への刺しゅうがしにくくなります。また、「一から縫うためのミシン」という印象が強くなり、手軽というコンセプトの軸がブレてしまうのでは、という懸念もありました。
    「本当に縫う機能を省いてしまって大丈夫なのか?」という議論もありましたが、ミシンを使われているクリエイターたちへのインタビューでは「ない方がいい」という声が挙がり、刺しゅう機能を充実させるためにも、思い切って縫製機能を外すことにしました。
ヒマリさんのインタビュー写真
  • 石田さん:
    さらに、バッグやシャツの袖のような筒状のアイテムにも刺しゅうができるよう、刺しゅうする部分を支えるテーブルを小さなアーム形状にし、本体の脚から浮かせる構造にしました。本体を支える脚には、細く加工できる金属パイプを採用することで、アームとの間にゆとりのある空間を確保しています。これにより、厚みのあるアイテムでも無理なくセットできるようになっています。実は、金属パイプは今まで家庭用ミシンで採用した実績がなく、設計や製造において新たなチャレンジとなるため、採用にはハードルが高かったのですが、必要性を訴え、関係者に納得してもらい実現できました。
  • 石田さん:
    また、デザインを考えるうえでは、これまでの“ミシンらしい”デザインからイメージを一新させる必要があると感じていました。
  • 相羽さん:
    デザインの参考として、石田さんにアレンジしてもらい、日本と海外のクリエイターの作業環境を見せていただいたときのことをよく覚えています。当時はコロナ禍でリアルでの訪問が難しかったので、オンラインで見学させてもらいました。
  • ヒマリさん:
    日本だけでも15人以上の作業環境を見学させてもらいましたよね。
  • 石田さん:
    実際に刺しゅう専用機を置いていただくことになる、クリエイターの作業環境を見せていただくと、絵を描くためのパソコンやタブレット、プリンターといったデジタル機器が置かれ、従来の“ミシンらしい”たたずまいではなじまないと感じました。
    そうして行き着いたのが、従来のミシンとはまったく違う、現在のビジュアルです。フラットでモダンなテイストを基調としつつ、柔らかさや親しみも感じられる、ジェンダーレスなデザインになっています。
  • 筒状のアイテムに対応できるアーム形状のテーブルの説明図
  • バッグに刺しゅうしているイメージ
  • 石田さん:
    もともとブラザーのミシンは使いやすさの点で高い評価をいただいていました。そのため、新しさや見た目の良さを追求して使いづらくなってしまっては本末転倒と考え、ユーザビリティも追求しました。操作性のテストを日本と海外で行い、改善を重ねました。
  • ヒマリさん:
    ユーザビリティの面では、操作の全てをブラザーのスマートフォンアプリ「Artspira(アートスピラ)」で行える点も、大きな特徴です。
    Artspiraにはあらかじめ刺しゅう用の柄や文字が用意され、それを組み合わせてオリジナルのデザインをつくることができます。また、画像を取り込んで柄にしたり、手描きで柄をつくったりすることも可能です。刺しゅうのデータができたら、本体に転送するだけで、すぐに刺しゅうが行えます。ブラザーのミシンの中で、本体に操作パネルがなく、Artspiraだけで操作を完結させられる製品はSKiTCH PP1が初めてです。
    Artspiraのユーザビリティについても、工程ごとにどんなつまずきが起こりそうかをチームで洗い出し、仮説・検証・改善を重ねました。
  • Artspiraを使ってSKiTCH PP1を操作しているイメージ
  • クリエイターの部屋に置かれたSKiTCH PP1と刺しゅう作品のイメージ

3.新規ユーザーを狙いながら、既存のミシンユーザーにも広がった反響

  • ヒマリさん:
    いざSKiTCH PP1を発売すると、先行発売したアメリカ、ヨーロッパ、その後発売した日本でも、一時は生産が追いつかないほど大きな反響と注文をいただきました。中でも、これまでミシンを使っていなかった層や、若年層からの反響が目立ち、そこは当初の狙い通りとなりました。SNS(X)でもトレンドワードに入りました。
  • 相羽さん:
    日頃から縫製ができるミシンを使っている友人からも、「こういう刺しゅうミシンが欲しかった」「(当初は売切れ状態だったため)どうやったら買えるの?」といった声をいただきました。SNSでの投稿でも、本格的なミシンユーザーの方が使ってくれているのを目にしました。既製品に手軽に刺しゅうできることが、既存のミシンユーザーにも強く響いたことは、嬉しい誤算でした。
    これまでリーチできていなかったお客様のニーズを丁寧に探ることで、新しい価値が生まれ、結果的に既存ユーザーを含む幅広い層に響いたのかなと思います。
  • 石田さん:
    SKiTCH PP1は、2023年度の「グッドデザイン賞」において特に高い評価を受け、「グッドデザイン・ベスト100」に選出されました。さらに、国際的なドイツのデザイン賞「iF DESIGN AWARD 2024」にも選んでいただきました。既製品に簡単に刺しゅうができないという課題へのソリューションや、スマホアプリを通して直感的に刺しゅうをつくれるところなどを評価していただけたのかなと思います。
石田さんのインタビュー写真

4.一体感のあるプロジェクトチームと明確なコンセプト

  • 相羽さん:
    今回のプロジェクトで実感したのが、コンセプトや思いをチームで共有することの大切さです。私はちょうどプロジェクト化されるタイミングで産休・育休に入り、1年半ほどしてまたプロジェクトに戻りました。それだけ期間が空くと、当初のコンセプトとはかけ離れた違うものになっていそうなところですが、実際には当初と全く同じ姿のままで進んでいて、本当に感動しました。そして、再び私を温かく迎え入れてくれたチームにも感謝しています。
  • 石田さん:
    通常、プロジェクト化してどんどん人がアサインされると、どうしても認識の温度差が出てきてしまうものです。今回はプロジェクトの初期の段階で、製品のコンセプトやターゲット層、デザインの方向性に加えて、ユーザーがどんな流れで製品と出会い、使い、満足していくのかという一連の体験(UX・ユーザーエクスペリエンス)についても、全員で共有する時間が設けられました。その結果、全員がコンセプトやUXのプロセスを自身の言葉で伝えられるようになり、新たに入ったメンバーにも“伝道師”のようにプロジェクトの本質を伝えられました。
  • 相羽さん:
    今回学ぶことができた、人への伝え方や思いの共有の仕方を、ぜひ今後のプロジェクトでも意識的に活かしていきたいです。
  • 石田さん:
    また今回のプロジェクトでは、「デザインの力」のようなものをあらためて感じました。
    デザインの大枠が固まって共有したときに、チーム内外の空気感が変わったことを覚えています。新しいチャレンジをしようとすると、前例がないことや、コスト面の問題に直面しがちです。そんな中でも、コンセプトを体現したデザイン案によって、この製品ならではの意義や価値が伝わり、「よし、新しいことにチャレンジしてみよう」という前向きな空気が強まった気がしました。
    そうした開発のエッセンスを、今後も磨き込み、発展させていきたいです。
  • ヒマリさん:
    私としても、初めて本格的に商品企画に携わったプロジェクトで、得るものが多くありました。専用のアプリで操作する初の製品になったことも印象深いです。アプリと連動させることで、今までは基本的に“売って終わり”だった製品が、アプリを通してお客様と継続的につながり、コンテンツやサポートを提供し、フィードバックを得て改善を行えるようにもなりました。その点でも、すごく充実感のあるプロジェクトでした。
    正直、発売後しばらくは燃え尽き感もありましたが(笑)、ぜひ、こうした充実感があり、自分が成長できるプロジェクトに、また携わりたいです。
ヒマリさん・石田さん・相羽さんのインタビュー写真
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