2025.12.24
インクジェット技術で世の中をより良く塗り替えたい――ブラザーが目指す産業用印刷の新たな地平
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- 家庭・オフィス向けプリンターで培った技術を活かし、産業用印刷領域での成長を目指す
- 次世代インクジェットプリンティング技術「MAXIDRIVE」の可能性
- インクジェットが貢献できるフィールドは無限にある
- 目次
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- 中村 宙健
- 執行役員 IJデバイス統括部 担当 兼 IJデバイス統括部長
- インクジェットプリンターの開発や設計、商品企画や事業企画など、インクジェットに関する業務に長年従事。インクジェット技術の開発部長を経て、2025年4月、インクジェットに関わる新組織「IJデバイス統括部」の担当役員兼部長に就任。社内では親しみを込めて、名前の“宙健(ひろたけ)”を音読みして「“ちゅうけん”さん」と呼ばれている。
2025年4月、ブラザーに新組織が立ち上がりました。その名は「IJデバイス統括部」。“IJ”、つまりインクジェットに関わる全社横断の組織です。インクジェットは、微細なインクの液滴を印刷したい対象物に吹き付ける印刷方法ですが、ブラザーのインクジェットプリンターには、家庭やオフィスで紙に印刷する“民生用”と、例えばTシャツに図柄を印刷したり、ペットボトルに賞味期限を印刷したりする“産業用”のプリンターがあります。IJデバイス統括部は、民生・産業といった領域の面と、プリンターの開発や生産といった役割の面で、社内の連携を深めてインクジェットに関わる競争力を強化することを狙いとしています。
そのIJデバイス統括部を率いるのが、担当役員兼部長(※)の中村宙健さんです。宙健さんに、ブラザーが持つインクジェット技術とその未来、宙健さん自身の仕事に対する思いを聞きました。
- ※2025年12月時点
1.人に恵まれたブラザーでのキャリア
まずは、宙健さんのキャリアについて教えてください。
ブラザーに入社してから約30年間、ほとんどの期間でインクジェットに関わってきました。
入社してすぐの頃は、インクジェットプリンターの品質評価や部品の設計を担当していました。最初は限られた仕事しかできなかったのが、だんだんと担当できる範囲が広がっていったのを覚えています。その後、製品開発のプロジェクトリーダーを任せてもらえるようになったのち、いったん開発から離れて、商品戦略の立案などを行う部署に異動しました。
こうしていろいろな仕事を経験しましたが、それぞれの仕事に大変さ、重要さ、面白さがありました。その上で、改めて自分のキャリアについて考えたとき、「製品の源流にある技術開発の仕事をしていきたい」という思いが強くあり、再び開発部門に戻ってきました。それ以降、インクジェット技術の開発に携わり続けています。
2025年4月からは、新設されたIJデバイス統括部の陣頭指揮を任されています。
IJデバイス統括部のミッションを私なりの言葉でお話しすると、「インクジェットに関わるデバイスを通じて、ブラザーを全社横断で支える。最終的には、インクジェットを通じてお客様や世の中に貢献する」ことだと考えています。
私は「インクジェットの仕事には、誰にも負けないくらい打ち込んできた」と自信を持って言えますが、これまで一緒にブラザーで働いてきた仲間や上司に恵まれていたからこそ、仕事に打ち込んでこられたし、こうしてIJデバイス統括部の大事な役割を与えてもらえたのだと思っています。
仲間や上司に恵まれていたと感じたのは、どのような場面でしたか。
先ほどの「入社すぐは限られた仕事しかできなかった」という話にもつながりますが、経験が浅いと、できることは限定的ですよね。それでも、やれる範囲の仕事だけではなく、少し背伸びしたような、新しい仕事に取り組む機会をたくさん与えてもらいました。そうした時、先輩や上司に常に助けてもらいながら、自分なりに仕事ができるように導いてもらいました。初めて先輩から「この図面は良く書けている」と言われたときのうれしさは、ずっと覚えています。
今は責任者の立場になりますが、とても優秀なメンバーに恵まれていると、心から、自信を持って言えます。メンバーそれぞれに多様な方面の優秀さがあって、若手もベテランも関係なく、議論し合いながら仕事を進めている姿は素晴らしいと思っています。
2.チャレンジするDNA・環境変化・インクジェット技術の蓄積が産業用印刷拡大につながる
ペーパーレス化が進み、紙への印刷需要は減っていくと見込まれます。これからのインクジェットプリンターはどうなっていくのでしょうか。
家庭やオフィスで使う民生用のプリンターについては、確かに、印刷枚数は減っていっています。そのことは念頭に置きつつも、「まだまだやれる」という自負心は持っていますし、会社の方針としても、全社の収益基盤を支える事業として位置付けられています。
その上で、ブラザーが100年以上の歴史の中で新しい事業を生み出してきたように、紙だけでなく“もの”にも印刷する「産業用印刷」の成長を目指しています。
ブラザーが成長を目指す産業用印刷とはどのようなものでしょうか。
Tシャツなどの布地に図柄を印刷する「ガーメントプリンター」というものがあります。民生用で培ってきたインクジェット技術を応用して開発され、2005年から販売しています。発売当初は“布に印刷する”という市場自体を開拓しなければならないなど難航した時期もありましたが、当時の関係者が「このビジネスには将来性がある」という思いを持って育ててきたことで、産業用印刷への事業拡大のきっかけとなりました。
また、缶・ペットボトルや食品の包装に賞味期限などを印刷する機械や、多品種小ロットの商品ラベル印刷に対応するプリンターもあります。こうしたプリンターを手掛けているのが、ブラザーが2015年に買収した、イギリスに本社を置く「ドミノプリンティングサイエンス」です。ドミノ社の買収は、ブラザーにとって過去最大の買収案件でしたが、当時の経営層が「産業用印刷を拡大する」という信念のもと、買収の決断を下しました。買収以降、各担当者のレベルでも、会社組織としても、産業用印刷で事業展開するノウハウをドミノ社から学び続けてきました。ドミノ社と一緒になったからこそ、ブラザーだけで試行錯誤していてはたどり着けなかったレベルに到達できていると感じています。
こうした産業用印刷の市場は、今後も大きく伸びると見込まれます。世界全体では人口が増え続けていますので、例えばTシャツや缶・ペットボトルの消費量は人口とともに増加し、紙以外の“もの”に印刷するニーズは拡大していくと考えています。
ブラザーの“新しい事業にチャレンジする”というDNAと、ペーパーレス化や産業用領域の需要拡大といった環境変化、そして、これまでブラザーが培ってきたインクジェット技術という、3つの要素をかけ合わせて、産業用印刷を成長させていきます。
3.次世代インクジェットプリンティング技術「MAXIDRIVE」がつくる未来
ブラザーがこれまでに培ってきたインクジェット技術について教えてください。
ブラザーは30年以上、インクジェットプリンターのノウハウを蓄積してきました。
インクジェットプリンターは、インクを飛ばして対象物に印刷しますが、インクの飛ばし方には大きく2つの方式があります。電圧をかけると変形する「ピエゾ」という素子の動きで飛ばす方式と、インクを沸騰させて飛ばす「サーマル」という方式です。
ブラザーではこのうち、ピエゾ方式のインクジェット技術を進化させてきました。民生用領域では多くのプリンターを世界中で販売していますが、ピエゾ方式のインクジェットヘッドを安定して大量に製造できるのは、世界的に見てもブラザーを含め数社しかありません。
他のプリンターメーカーと比べて、ブラザーのインクジェット技術にはどのような特長がありますか。
ブラザーがピエゾ方式のインクジェット技術を進化させる過程で“インクを飛ばす力が強い”という特長を持つ技術選択をしてきました。この特長を民生用でも産業用でも生かしていこうと、ピエゾ素子の動かし方などに磨きをかけ、次世代インクジェットプリンティング技術「MAXIDRIVE(マキシドライブ)」を開発しました。
MAXIDRIVEはインクを飛ばす力が強いとのことですが、どのような利点があるのでしょうか。
例えば、大きなインク液滴を飛ばせるようになり、液滴1つあたりの色付け範囲が広がることで、印刷時間を短縮できる、という利点があります。2022年からMAXIDRIVEを搭載した民生用のプリンターを販売していますが、従来モデルと比べて印刷速度が最大約1.5倍となっています。
また、粘りの強いインクでも安定して飛ばせる、という利点があります。産業用領域では、多様な素材に印刷する必要があったり、濡れたり擦れたりしても印刷が消えないようにする必要があったりと、さまざまな要求を満たす必要が出てきます。そうした要求に応えられるインクをつくると、成分の関係でインクに粘り気が出てしまう場合がありますが、MAXIDRIVEであれば幅広い粘度のインクに対応できます。
さらに、インクを遠くまで安定して飛ばせる、という利点もあります。例えば、布地など凸凹した面に印刷する場合、プリンターと布地が接触しないように距離を取る必要がありますが、そうした場面でもMAXIDRIVEの強みが生きてきます。
MAXIDRIVEの今後については、どのように考えていますか。
実は、MAXIDRIVE開発の最初の段階では、「パワーがあるので粘りの強いインクも飛ばせるけれど、それ以外の使い道はあるのだろうか」と悩んでいました。開発を進める中で議論を重ね、それぞれの技術者が考え抜いたことで、パワーを速さに“ギアチェンジ”して民生用プリンターの印刷速度向上につなげました。
こうした経緯もあって、MAXIDRIVEは汎用的に力を発揮することができ、数多くの活用場面があると考えています。特に、ニーズが多様な産業用印刷においては、得がたい存在になると思います。
宙健さんは、インクジェットの未来をどのように描いていますか。
産業用印刷がカバーする範囲は、非常に幅広いです。今、インタビューを受けている部屋の中を見渡しても、例えばカーペット、カーテン、壁紙、建材など、色の付いているものの多くに、ある種の印刷が入っています。
それをふまえると、私たちがインクジェットで貢献できるフィールドは、限りなく大きいと感じています。青臭く聞こえるかもしれませんが、インクジェットによってより良い社会をつくるチャンスは、無限にあります。
私は、「インクジェット技術で世の中をより良く塗り替えたい」と本気で思っていますが、これは私一人だけでは成し遂げられないことでもあります。ブラザーで一緒に働く仲間や、社外のパートナーの皆さんと力を合わせて、この思いを実現させていきたいと考えています。
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